現在の仕事内容
 「うさぎの耳ウェブマガジン」を中心に、ウェブ媒体と新聞本紙の「ハイブリッド」の展開を目指して、業務に当たっています。ウェブマガジンでは、企業の魅力や商品を効果的にアピールする方法を提案。グルメや暮らしに関する取材先の選定や記事の出稿を担当しているほか、部内の同僚と意見を出し合い、さまざまな特集を企画・実行しています。SNSを使った営業展開も模索中で、インスタグラムの特徴を生かしたPRを提案しています。 

新日本海新聞社を就職先に選んだ理由
 高校時代に日本海新聞の記者に取材いただいたことが、大きなきっかけです。当時所属していた吹奏楽部が、マーチングの全国大会に出場することを取り上げてもらったのですが、自分の話したことが記事になったことがとてもうれしく、記者の仕事に憧れを抱きました。また会社見学の際に、記者以外にもさまざまなジャンルの仕事ができることを知り、多くの経験ができると思ったからです。

キャリアステップについて(当時に携わっていた仕事の内容や思い出)

1年目 本社事業課
 イベントの企画・運営をする中で、目配り・気配り・心配りの大切さを学びました。特に印象的なのは、自分で初めて企画立案した、写真とパッチワークの展覧会「蜷川実花・宏子二人展」です。憧れの人の作品を鳥取で展示できたこと、一から事業を立ち上げる難しさと楽しさを知れたことは、大きな財産となっています。


8年目 但馬支社報道課
 兵庫県香美町の担当記者として、町政や街ネタを取材しました。地名の読み方を覚えるところから始めました。町の課題を取材した時は、反発もある中で「よく取り上げてくれた。協力するよ」と言われる方もいて、励まされました。その記事がきっかけで町政が動いたときは、記者という仕事の重みを感じました。

10年目 本社報道課運動部
 これまでスポーツに全く関わってこなかったので、覚えることが山積みでした。選手の輝く瞬間を写真に収めるのは、とても難しいですが、楽しさとやりがいのある業務でした。県大会からインターハイまで同じ選手を取材し続けるので、気持ちは勝手に身内。全国大会で上位入賞した時は、選手と一緒に喜んでいました。

14年目 本社企画開発部
 2年7カ月の育休後に配属となり、2人の子育てと仕事の両立に奮闘していました。上司や同僚の理解と夫の協力もあり、多くのことを乗り越えられました。但馬支社での経験を生かして業務に取り組む中、取材の楽しさを再認識し、“お母さん”としてだけでなく、社会の一員として働く自分を大切にしたいと思うことができました。

これまでに成長したと実感するところ
 人脈と経験を生かして、新たなことに挑戦するようになったところです。

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