「この二人、私に似てる」。私も、苺のように体育が苦手だ。走りはおそいし、運動しんけいは全然ないし…。体育はどうしてもみんなのようにできないのだ。「走りの速い人はいいなあ」。ずっとこう思っていた。でも私は、いつも自分の力いっぱい全力を出して走っていた。一番とかは関係ない。どれだけがんばったかが大切なんだ。苺のように、どれだけつばさを広げられるかが大切なんだ。私はあらためて苺にそう教えられた。
そんな私にも、夏実のように心がこわれる時がある。いつも友達から「七彩ちゃんは何でもできるもんね」、「期待してるよ」と、言われる時は、まちがえないようにしないといけない、失敗しないようにしなくてはいけない、とプレッシャーを感じてしまう。そういう時は、つばさを広げられない時だ。
私の得意な音楽の時間。木きんで演奏していて、最後音をまちがえた時みんなが笑い、「七彩ちゃんでもできんだか」、そういう声が私の心に穴を開けた。いっしょうけんめいしてたのに…。つばさを広げてがんばっていたのに…。涙が出そうになったけれど、笑ってごまかしていた。私の心の中を分かってくれる人は、だれ一人いなかった。こういう出来事が、私の心をこわしてしまった。
しかし、そんな私の心に元気をとりもどしてくれた、ま法の言葉がこの本の中にあった。「おもいっきりつばさを広げなさい」。この苺のお母さんの言葉が、私の心を取りもどしてくれた。「まちがえることなんて気にしなくていい。一人一人の自分のつばさを大きく広げればいいんだ」。私は、思いっきりつばさを広げてみたいと思った。今まで閉じていたつばさ、自分のつばさを大きく広げてみたい、心からそう思った。
不得意、それってだれにでもあることだと思う。だれもかんぺきな人はいない。不得意はいけないことじゃない。私は、走るのが不得意だけど、つばさは大きく広げられる。一位なんて気にしなくていい。形なんて気にしなくていい。問題は、どれだけつばさを広げられるかだ。
私はこの本の中で、心を開いた。また新しい芽がはえたみたいだ。リマタズミーにま法をかけられたかもしれない。
これからも自分のつばさを広げ、大空へ飛びたてる自分になりたい。 |