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最優秀作品紹介
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 第73回新聞週間が15日から始まる。代表標語は『危機のとき 確かな情報 頼れる新聞』。コロナ禍で不安に陥る中、正確な情報で安心感を与える新聞を表現している。新聞週間にちなんで「第6回日本海新聞・児童生徒新聞感想文コンクール」(新日本海新聞社、日本海新聞を発展させる会主催、鳥取県教育委員会後援)の最優秀賞受賞作品を紹介する。

 コンクールは、次代を担う児童生徒が新聞に親しむとともに、記事の感想文を書くことで読解力や表現力、社会への関心を高めてもらうことがねらい。今回の応募作品は小学生の部104点、中学生の部227点、高校生の部583点で、合わせて過去最高の914点に上った。

 応募作品の対象記事は新型コロナウイルス騒動が最も多く、社会生活への深刻な影響を物語っていた。このほか、SNS(会員制交流サイト)上での誹謗(ひぼう)中傷への憤り、平和に対する純真な思いなどをつづっている。

 ※作品は、一部用語の新聞表記への変更を除いて原文のまま。

  最優秀賞
小学生の部・村上 結衣さん(明道小6年)
8月6日の日本海新聞「75年目の証言 ヒロシマの記憶から(中)」を読んで
 私は、今まで8月6日があまり好きではありませんでした。なぜなら、お母さんの誕生日なのに、一日中、戦争や原爆の話題ばかりだからです。8時15分には必ずもくとうをするように言われていて、目を閉じて、戦争で亡くなった人たちのことを考えていると、お母さんの誕生日を祝える気分ではなくなってきて、毎年、複雑な気分の一日でした。

 私は、別の話題を探そうと思い、新聞を読みました。そこで目に入ったのが、川本嘉幸さんの記事です。原爆が投下された後の街の光景や被爆した人たちの様子が頭の中に浮かんで、すごく怖くなりました。平和資料館で見たやけどで皮ふがただれた人や、こげたお弁当箱を思い出しました。川本さんは、現地の状況も分からない中で救護に向かい、目のあたりにした状況にどれだけおどろいただろうと胸が痛くなりました。とにかく必死にひたすら治りょうをされていたと思います。見たことのないおそろしい状況の中で、自分にできることを一生けん命されていたことが分かりました。でも、その時は誰もその後に起こる原爆しょうのことなど、予想もしなかったと思います。原爆しょうについて調べてみると、原爆が落ちたことで亡くなった人の他に、放しゃ能を浴びたことで、亡くなった人がいること、75年たった今でも、がんや白血病の不安とたたかっている人がいることが分かりました。「被爆者手帳」のこともはじめて知りました。

 私は今まで怖いとしか思っていなかった戦争のことをはじめて身近に感じました。75年前はそんなに昔ではありません。

 私は、原爆ドームや資料館に行くと、暗い気持ちになるのになぜ行かないといけないのかなと何度も思いました。でも、今なら分かる気がします。お母さんの大切な日だからきちんと知ってほしかったのだと思います。私もこれから、原爆についてもっと調べて伝えて行きたいです。

《受賞コメント》
 8月6日はお母さんの誕生日だけど、知らないことがいっぱいあって、それを書いたらいいかなと思いました。被爆者手帳のことも知らなかったし、もっと多くの人に知ってもらいたい。新聞には地方の話題やイベントがたくさん載っていていいなあと思います。

中学生の部・桝 大希さん(福米中3年)
7月6日の日本海新聞
「球磨村老人ホーム浸水迫る泥水『早く2階へ』寝たきり、必死の搬送」を読んで
 僕は鳥取の自然が大好きだ。僕の住んでいる米子には日野川が流れ、周囲には水田や畑が数多く存在する。川は生活から切っても切り離せない関係だ。一方、全国的に高齢化、過疎が進む。県の資料によると鳥取も例外ではなく、特に山間部で高齢化の割合が高まっている。中には体が不自由な人もいる。

 そんな中、今年も異常気象が全国で猛威をふるっている。今回の豪雨災害の死者・行方不明者は86人にものぼり、被害は甚大だった。この記事に出てくる「千寿園」は近くを流れる川が急激に増水し、2階への避難が間に合わなかった。九州や中部地方という遠いところで起こっているからといって気を抜いてはいけないと僕は思う。全国どこでも起こりうる災害。この鳥取でも、十分可能性はある。今回、氾濫・決壊した「球磨川」も「日野川」と共通点が多い。まず、周りに山が切り立ち、川幅が狭くなっているところでは、道路が使えなくなる可能性が高いこと。次に周囲の山々から降った雨水が集中し、水位が上昇しやすいこと。そして、山間部で高齢者世帯が多く、避難に時間がかかることだ。

 僕がこのことを意識し始めたことには、きっかけがある。自身の左足のけがだ。しばらくの間、左足を使う歩行はできず、松葉づえを使う生活となった。使い始めたころは不便に感じていたが、次第に慣れ気にすることも少なくなった。ところが、学校で集会に行くとき遠回りして行かなくてはならず、移動に時間がかかってしまった。その日は雨が降っていて、松葉づえはぬれると滑りやすくなり危ないため、乾いた通路を通る必要があったからだ。

 「もし、今災害があって2階や遠くへ避難することになったら、助かるのだろうか」

 自分自身が不自由な生活をしてみて、初めて気付くこともある。学校や公共の施設では、エレベーターがあるので「上下の移動」に困ることはない。しかし、災害で急な状況の変化についていくことができず、逃げ遅れてしまう。もちろん、停電してしまえばエレベーターは使えず、道に水があふれれば車での避難も困難になる。病院や老人ホームの職員には女性が多く、自力で動けない人を「小さな力、少人数」で移動できる手段を考え、実用化することを急がなくてはならない。そして、孤立する可能性が高い場所では救助が来るまでに時間がかかるため、何も対策を取らなければ同じような被害が繰り返されてしまう。「公助」に頼るだけでなく、普段から地域との関わりを増やし、災害時に避難する手段や場所を提供し合うことのできるネットワーク創りが大切になる。

 今後、地球温暖化が進み異常気象が増えるかもしれない。今からでも遅くはない。鳥取の自然と「共生」していくためにも、日ごろの備えとネットワーク創りをしていかなくはならないと思う。

《受賞コメント》
 左足にけがをしていて、走ったりできないので、もし災害があった場合にどうなるのかという不安がありました。なってみないとわからない恐怖、それをどうやって伝えるかを考えながら文章を書きました。じっくり考えることが好きな自分にとって新聞はぴったりだと思います。

高校生の部・大森 菜々美さん(鳥取西高1年)
6月25日の日本海新聞「メディア論の本来の意味 オンライン授業を模索」を読んで
 私は、対面授業とオンライン授業のメリットとデメリットを理解した上で、効率よく学習を進めることが大切だと考える。

 新型コロナウイルス感染者が増える中で、私は実際に高校でリモート授業を体験した。クラスのメンバーを二つの教室に分けることで、三密を避けることができた。しかし、板書が見えにくい、先生の声が聞きづらい、ということが起こった。それに加えて、空気感が分からない、先生と生徒のやりとりがうまくできない、という問題も現れ始めた。

 また、私の父と姉も小学校の教員として働いており、勤務先で分散授業などが行われていたという。詳しく話を聞くと、子どもたちの人数が減った分、児童どうしの接触は減り、感染リスクも低くなったそうだ。その一方、クラスの全員がそろわず、コミュニケーションをとったり、一緒に学んだりできなくなった。新学期が始まってすぐの分散登校・分散授業。少ない人数になったことで、一人一人に合った指導ができ、かつ、新型コロナウイルスの流行を抑えられる。しかしながら、子どもたちにとって大切な新しい仲間づくりの時間が減ってしまったことだろう。

 では、通常の対面授業はどうであろうか。対面授業は、先生と生徒の間でやりとりをし、また、生徒どうしで意見を交わし合う。直接コミュニケーションをとることで、生徒のより深い学び合い、協働的・対話的な学習ができる。そして、クラスのピリッとした緊張感のある雰囲気、穏やかな様子などがはっきりと感じられる。その一方で、時間や教室に入ることができる定員に制限があったり、教室の場所によっては板書が見づらかったりするという課題もある。

 先日、私は情報の授業で、オンライン授業は今後導入されていくべきなのかというテーマで、実際に高校の先生方へ、アンケート調査を実施した。導入するべきという意見には、録画したものを使えば自分のペースで学べたり、病気・不登校の子どもの学習に役立ったりする、というものがあった。また、テレワークなどの新様式・新スタイルへの柔軟さが必要である、という考えも見られた。一方、導入するべきではないという意見には、環境的な整備を整えることが難しかったり、映像や音声を介したやりとりにも、限界があったりするというものがあった。

 今回これらの事例を通して、対面授業とオンライン授業には、それぞれに特有のメリット・デメリットがあることを学んだ。まずは、オンライン授業を導入する・しないにかかわらず、人とのつながりや心の通い合いを大切にする。すべての生徒が平等に学習を受けられる環境が整い、生徒・教師の信頼関係が成り立った上で、オンライン授業という新たな視野が広がる。対面授業とオンライン授業をバランスよく組み合わせることが重要だ。欠点を補い合い、子どもたちが効率よく、気持ちよく学べる環境が求められる、と私は考える。

《受賞コメント》
 人前で話すのは苦手ですが、自分の考えや分析を文字にまとめるのは性に合っています。将来は大学で教育学を学んで学校の先生になり、感想文に書いたようにオンライン授業の利点を生かしてみたいと思います。


  優秀賞
小学生の部・水石 士葵さん(浜村小6年)
5月27日の日本海新聞
「戦国時代末期の便所か 巨大なおけ発見 鳥取城中ノ御門跡」を読んで
 僕は日本史が大好きで、特に鳥取城について興味があります。ある朝、僕は新聞記事の見出しと写真に圧倒されました。「戦国時代の便所って、おけだったの?」。僕はワクワクしながら記事を読みました。おもしろくて何回も何回も読みました。「実際に見たい! もっと詳しく知りたい!」と思いました。

 記事の見出しは、最初に目に入ります。だから記者の方は人を引きつける見出しを一番大切にしているのではと思います。僕も係活動で新聞を作成したことがあります。見出しは、大きくて短いし内容が一目でわかる工夫が必要だから時間をかけて悩みました。

 記事には現地説明会の情報が書いてあり、「絶対に行く!」と決心しました。コロナの影響で友達と遊べないし、大好きなキャンプ場が閉鎖してしまったし…その中で発見した唯一の楽しみでした。説明会は、マスクとペンとノートとカメラを持参しました。おけは五右衛門風呂のような形でお湯を入れて入ってみたい気分でした。

 おけは、便所か水だめ等だと考えられるそうです。理由の一つ目は、お尻をふいていたと思われるうすい木の板や割りばしのようなものが、おけの底からいくつも発見されたことです。実物は、お尻をふいたらけがをしそうでした。二つ目は、おけの底に多量の植物の種や魚の骨をふくむ土が堆積していたことです。僕は、ごみ箱だったかもしれないなと思いました。この二つの理由は記事にも書いてあり、説明会の話と一致していました。しっかり取材されているなと思いました。

 記事におけの正体が6月中に判明とあったので、8月に取材気分で文化財課に電話をすると、まだ調査中でした。判明したら新聞に載せてほしいです。そうしたら真っ先にその記事を読みたいです。そして、もっと鳥取城の歴史について勉強していきたいです。

小学生の部・倉光 香林さん(聖郷小5年)
7月3日の日本海新聞「リンゴ園での心温まる一日」(投稿)を読んで
 今回、私は、お母さんが「おばあちゃんのことがのっている記事があるよ」と教えてくれたので、この記事を読んでみました。

 この記事は、なんと私の大好きなおばあちゃんがのっていました。リンゴ園のことやおばあちゃんのことを、お客さまはこんな風に思ってくださっていたのだと初めて知ってうれしかったです。

 この記事は、周りの人への気づかいについて学べる、とてもすてきな記事です。どんな仕事に就いても、その仕事のお客さまに喜んでもらったり、笑顔になっていただけるように私も働きたいと、記事を読んで思いました。

 自分がされてうれしいと思うことは、他の人もきっとうれしいので、自分がしてもらってうれしいことは、周りの人にもこれからたくさん進んでしていきたいと考えました。そして、お客さまが「また買いたいな」「また、この人たちと話したりしたいな」と思ってくださるようなお仕事に、私も就きたいと思うようになりました。

 この記事を読む前は、物を買ったら、その商品だけを持って帰るのが当たり前のことだと思っていました。お店に行ったら、それが普通です、だけど、この記事を読んで、考えが変わりました。おばあちゃんは、その商品だけではなく、他のものをもプレゼントしていることを知って、すごいと思いました。

 私も大人になって、仕事をするようになって、その会社のものなどを買ってもらったりしたら、おばあちゃんみたいに、買ってもらったもの以外にも、なにかプレゼントすることで、お客さまにもっと喜んでもらえるようになりたいと、考えが変わりました。

 今までは「自分が就きたい仕事に就けたらいいや」と思っていました。だけど、この記事と、おばあちゃんが「お客さまにも喜んでももらえて、自分のしたいことを仕事にできるのが一番いい」とうことを教えてくれました。

小学生の部・坂本 麻央さん(明道小6年)
4月1日の日本海新聞「将来の糖尿病リスク減 鳥取市の中2全員検査」を読んで
 記事の見出しが目に入ったとき、私はドキッとしました。私の祖母は1型糖尿病です。だから、糖尿病に関することは、とても興味があります。記事は、日本人の糖尿病の大半をしめている2型糖尿病を、中学生で早期に発見し、改善・治りょうにつなげていこうという内容でした。

 血液の中の糖の値が高いと、尿の中の糖の値も高くなります。私も毎年、学校で尿検査がありますが、必ず朝起きてすぐの食事前の尿をとるように言われていました。それだと、空腹時の血糖値は正常なことが多いため、尿中の糖の値も正常となってしまいます。

 記事の尿検査は、夜寝る前の尿を調べることで、空腹時ではなく、食後の状態での尿中の糖の値がわかるため、糖尿業や予備軍の発見につながったそうです。

 とても素晴らしい検査ですが、残念ながら受検率が低下しているそうです。血液検査と違って痛くないし、自分の将来のためにも、ぜひ尿検査を受けてほしいと思いました。

 私の祖母は、ある日突然、1型糖尿病になりました。1型は、生活習慣や遺伝などは関係なく、突然体内でインスリンが作られなくなる病気です。それでも祖母は、食事やすい眠、運動などに気をつけて、糖尿病が悪化しないように、予防に力を入れています。

 2型糖尿病は、生活習慣が大きくかかわっていて、症状がないまま体が傷んでしまうので、自分自身で気をつけなければなりません。

 甘いものを食べ過ぎたり、好ききらいがあったり、運動をせずゲームばかりしていたり、まんがやテレビを見過ぎて夜ふかしをしたりしていると、じわじわと知らない間に糖尿病になっているかもしれません。

 規則正しい生活や、バランスの取れた食事、適度な運動など、自分でできる予防が大切だと思いました。大人になっても、健康でいられるよう、検査を受けたり、自分自身の生活を見直したりすることが重要だと思いました。

中学生の部・池内 佑奈さん(江山学園8年)
8月21日の日本海新聞「整備計画進む鳥取市の大規模風力発電」を読んで
 私は先日気になる記事を見つけた。私の住んでいる上砂見を含め、岩坪、東郷地区の高路、西郷地区の河原町小畑、弓河内、北村の6集落に風車の建設が予定されている。

 記事によると、風車の大きさは高さ150メートル、回転直径130メートル。現在日本で最も大きいとされる青森県の風力発電所のエネルギー量は12万1000キロワットであるのに対し、建設予定の風車は14万4000キロワットを見込んでおり、建設されると日本最大の風車となる。

 この風車建設の計画にかんして、事業者は住民に対し、2018年ごろから数十回の説明を重ねてきたそうだ。岩坪集落の自治会長・川口氏は「このままだと活性化の可能性はない。荒れ放題の山も風車ができれば変わるかもしれない」と事業者側に思いをよせている。一方で、このような計画を知らない人もたくさんいるそうだ。実際に私の親に聞いてみたが「何も知らなかった」と言っている現状がある。

 そして、明治地区では風車が建設される予定だったが、反対を表明する。事業者は地区内の建設を取りやめたが、隣接する高路集落には複数の発電所が建設予定となっている。そのため、反対の立場をいまだ示している。日本風力エネルギーの担当者は「地元の合意形成がないまま計画を進めることはない」と発言しているが、実際のところどのようなことになるかは分からない。

 まず、風車のメリットは、大きく二つがあげられる。一つ目は発電時に二酸化炭素が発生しないため、地球温暖化の進行を遅らせることが可能である。二つ目は資源が枯渇することがないため、風によってエネルギーを生み出せる。一方でデメリットとしては騒音被害が大きいことや、風車に鳥が衝突するバードストライクなどの自然環境への影響が発生する可能性がある。また、景観に悪影響を与える場合があるなど、メリット以外にデメリットも多くあることがわかった。

 これらをふまえて私自身の思いとしては、岩坪には断層があるので、風車の設置作業時に土石くずれや断層への影響が考えられこわく思う。また、私はこの記事を読んで初めは、風車が環境に良いとしか思っていなかったけれど明治の動きについての話を聞いて、良いことばかりじゃないんだなと思った。また、お年寄りの方も多い地域なので知らない人も多い。でも、自分の地域のことなのでもっと関心を持ってほしいと思った。

 私は、これからも神戸地区が自然豊かなままで過ごしていきたい。そのため、この記事にこれからも注目していきたい。

中学生の部・高塚 ゆきのさん(桜ケ丘中3年)
8月14日の日本海新聞「コロナ収束願う『大』文字 鳥取・久松山」を読んで
 この記事は、久松山に毎年お盆の時期にともされている「大」文字の記事です。しかし、今年は例年とは少し違う、新型コロナウイルスの収束を願う「大」文字でした。久松山の「大」文字は、元々2011年の東日本大震災の犠牲者をいたみ、鳥取地震などの災害を忘れないでほしいと、市民有志でつくられた「久松山を考える会」が中止となり始めたそうです。

 私はこの記事を読んで、やっぱり人間はすごいな、と思いました。今、世界中が新型コロナウイルスとたたかっていて、世界中が暗い雰囲気になっています。私自身も、休校になったり、3年間の集大成になるはずだったコンクールがなくなったり、例年と違う生活に、心が暗くなっている時期がありました。

 しかし、世界中には、暗いままではダメだ、前に向かわないと、と立ち上がっている人がたくさんいました。会えなくても、リモートで演奏をしたり、ライブ配信でミュージカルをしたり、医療に携わっている方々にエールを送ったり。ジャンルは違えども、みんな気持ちは一つなんだなと感じました。私は、そういう方々の取り組みをテレビだったり、ユーチューブだったりで見て、すごく勇気をもらえました。この久松山の「大」文字も、たくさんの人に勇気を与えたと思います。

 私は実際に、祖母の家にお墓参りに行った帰りに、車の中から「大」文字を見ました。すごく遠くから見たので、とても小さかったけれど、「大」文字はすごく存在感があって、思いがしみじみと伝わってきました。今年は、お盆に親せきがそろったり、ご飯を食べに行ったりなどの毎年当たり前にできていたことができなくなって、ご先祖もびっくりしていると思います。

 お盆だけでなく、今世界中が当たり前だったことが当たり前じゃなくなっている現状です。メディアなどでは、この状況を「特別」と言っています。私も、そう思う気持ちは大事だと思います。この状況を悪いようにだけとらえるのではなくて、少しでもプラスのことを見つけていくことが大切だと、このコロナの世の中から学びました。

 また、この記事のように、こんな状況でも前を向こうとがんばっている人がたくさんいるということも学びました。早く普段の日常に戻るように世界中の人々とがんばります。

中学生の部・石田 朝稀さん(後藤ケ丘中3年)
8月14日の日本海新聞「記憶を刻む戦後75年 @軍需工場の女学生」を読んで
 私は、小学6年生の時の修学力で広島へ行き、戦争を体験された方の話を聞いた。戦争を体験していない私たちのような世代も、何らかの形で戦争について学ぶ機会がある。そして、誰もが「戦争はいけない。二度とくりかえしてはいけない」と言う。口では、そう簡単に言ってしまうが、本当にそれでいいのだろうか。

 比較的平和な日本に住む、戦争を体験していない私たちに、戦争の恐ろしさが分かるのだろうか。やはり、戦争を自分自身で体験された方にしか分からないものはあると思う。歴史の教科書には、戦争による死者の数が掲載されているが、「何十万」という単なる数字で表せるものではない。戦争で命を落とした一人一人には、それぞれの人生があったはずだ。それらが一瞬にして消えてしまったということ。私には全く想像ができない。

 戦争は二度と起きてはいけない。誰もが分かっているつもりになって勘違いしてはいないだろうか。過去に戦争にきっかけをつくり、たくさんの命を奪い合ったのは、私たちと同じ人間であるということを。実際に戦場に行かなくても、吉岡さんのように工場で、人の命を奪うための戦闘機をつくっていたのは、私たちと同じ人間であるということを。  当時、吉岡さんは15歳。現在、私は15歳。同じ15年という時間を生きてきたわけだが、その重みは全く違う。吉岡さんは「戦争に青春を、学びの時間を奪われた」と話されている。吉岡さんは15歳の時、遊ぶことも学ぶこともできなかったのだ。一方で私は今15歳だが、学校へ行って遊ぶことも学ぶこともできている。そんな恵まれた状況下で、本当に大切なものを見失ってはいないだろうか。75年前、吉岡さんを含めたたくさんの人が願った平和な今の時代が、あたりまえではないことを忘れてはいけない。

 もしかすると、また、私たち人間は、同じ過ちをくりかえしてしまうのかもしれない。それを防ぐために、戦時中を生きられた方々は、私たちにさまざまなことを語ってくださる。私たちは、戦争についての話をきちんと聞いて、知らなければならない。「怖い」という一言で済ませてはいけない。戦争があったことを絶対に忘れてはいけない。

 百年後の日本は、どうなっているのだろう。その頃には、戦争を体験された方々はもういない。さまざまな技術が進歩していく一方で、戦争は忘れられていくのだろうか。誰かが語り継がなければ、戦争の記憶は風化されていく。今を生きる私たちは、このことを重く受け止めるべきではないだろうか。吉岡さんのように、戦争について語ってくださる方々の話を聞いて、未来へつないでいかなければならない。

 「吉岡さん。合宿所や工場での、両親と離れての生活、不安だったでしょう。日本を守ってくださって、ありがとうございました。私たちが平和への願い、思いは必ず受け継ぎます」。

高校生の部・藤島 賢悟さん(鳥取西高1年)
7月12日の日本海新聞「現論 新しい時代に突入」を読んで
 「前向きな心と思考が、今、私たち一人一人に求められているのだ。人生を楽しむために」。記事はこのようにして締めくくられている。「一日の感染者数、最高人数を突破」「コロナうつ増加」など、新型コロナウイルスによる暗いニュースが新聞記事の多くを占める中、このような明るいニュースは良い意味で目に付く。この記事では、コロナ禍において「オンライン」が大きな意味を成しており、さまざまな楽しみ方や活用法、それによって広がる生活について、具体例を示しながら明るく描かれている。いつも通りの生活が突然消え、ネガティブな気持ちやストレスを感じていたが、この記事を読んで、コロナに対する心の変化が起きたように思う。

 僕はこの春、鳥取西校に入学、吹奏楽部に入部をした。中学生の頃よりもハイレベルな音楽をしようと意気込んでいた矢先、県の総合文化祭でのステージやサマーブラスコンサートの中止が決定。さらには僕たちの最大の目標と言っても過言ではない「吹奏楽コンクール」さえも幻となった。何のためにこの部活に入ったのだろうか…と路頭に迷うような気持になった。吹奏楽は息を使って楽器を鳴らし、何人にもが一つの場所に集まって演奏し、しかもホールは閉め切られる。三密を見事にクリアしてしまう吹奏楽に、このコロナが終息するまで希望はないと思っていた…。

 7月25日、僕たちは鳥取東高と一緒に屋外での合同コンサートを開催することができた。絶望の中にあった僕たちの状況を鑑みた先生方や学校、さらには鳥取市にも協力していただき、貴重で大きな意味を持つ晴れ舞台を用意してくださったのだ。屋外でのコンサートは初めてで、高揚感と同時に大きな不安もあった。くわえて、今回のコンサートにおいては、入念なコロナ対策も必要であり、準備から本番にかけて、本当に大変な毎日だった。しかし、聴きに来てくださった方々の笑顔を見ると、疲れは充実感へと変わり今できる精いっぱいの演奏を披露できた。また、新たな気づきもあった。それは屋外でのコンサートは、ホールのような堅い雰囲気は一切なく、自由に人が集まれてとても楽しくフリーな雰囲気だということ。これはコロナがあったからこそ味わえた感覚だ。大変な状況の中支えてくださった皆さんには本当に感謝しかない。

 僕はこの経験を通して、この記事のタイトルにとても納得できた。コロナの終息は見通せない。だからこそこのコロナ禍、いや「新しい時代」において、いつも通りを待ち続けるのではなく、今できることから楽しみを見いだすことが最も大切なのだと思う。一人一人がこの時代を前向きに捉え、日々を過ごす中で、コロナの終息は静かにやってくるのだろう。

高校生の部・首藤 梨乃さん(境高3年)
5月10日の朝日新聞「終末期病棟 コロナで面会禁止」を読んで
 あなたは大切な人に会えているか? 私はこの記事を読み、大切な人と当たり前のように会えるということがどんなに幸せなことなのか深く考えることができた。

 記事によると、余命宣告をうけた白血病を患っている男性はコロナウイルスの感染拡大防止のため看護師に面会禁止を告げられたという。それを聞いた妻は二度と会えない、と覚悟したそうだ。男性の妻の言った「誰が悪いわけでもない」。この声明を読み、私はハッとした。

 今の日本では、コロナウイルスの感染者や濃厚接触者の方々にSNS(会員制交流サイト)等での誹謗(ひぼう)中傷が多くみられる。心無い言葉や行動を目にするたび私は言葉を失う。なぜそんなことをするのか理解ができない。していいこと、してはいけないことをしっかりと考え、行動するべきだ。

 記事の男性と同じく、私の曾祖母はコロナウイルス流行中、病院で入院していた。曾祖母に会いに行った時「家族以外の方との面会は禁止しています」と断られた。私もその時は、もう会えないのではないかという不安が脳裏をよぎった。しかし、会える日は来ると信じ、コロナウイルス感染拡大防止に徹底的に務めた。

 だが、数日後曾祖母は急変した。母に「ひいおばあちゃん急変したって。覚悟だけはしといてね」と告げられた。それを聞いた時、頭の中は真っ白になった。覚悟なんてできなかった。私は曾祖母への不安を抱きながら生活していた。急変したと聞いてから約1週間後、曾祖母は天国に逝ってしまった。

 少しでも会える可能性を信じていたため、悔しくてならなかった。私は曾祖母の死を目の当たりにし、コロナウイルスに対する不満や一瞬でもいいから会わせてほしかったが会わせてくれない病院は残酷だとも思ってしまっていた。

 しかし、この記事と出会い、「誰が悪いわけではない」という声明を読んでから、あの時の自分の気持ちに愕然とした。毎日一生懸命働いて、命を守ってくださっている医療従事者の方々になんて失礼なことを思ってしまったのだろうと思った。この声明を読むまでは病院側に対して「最期くらい大切な人に会わせてほしい」と思っていたが、病院側は「最期くらい会わせてあげたい」と思っているということに気づくことができた。

 私はこの記事を読み、当たり前のように大切な人に会えることがどんなに幸せなことなのか、当たり前は当たり前ではないということを深く学ぶことができた。また、今の日本はもっとみんなで協力する必要があると思う。いつ自分がかかってもおかしくないという危機感を持ち、心ある行動をして、コロナウイルスから自分たちの大切な人・行事を奪われないようにこれからも予防に努めていこうと強く思う。

高校生の部・山根 茉耶さん(鳥取湖陵高3年)
8月10日の日本海新聞「大山魅力再発見を コロナ禍で国内誘客強化へ」を読んで
 新型コロナウイルスの影響で遠出が難しくなった今、地元鳥取の魅力を再発見し、もっと好きになっていきたいと考えたのはこの記事を読んでからだ。

 私は今まで地域活性化という事柄について深く触れようと考えたことはあまりなかった。もちろん学校の学習で自分の住んでいる地区を盛り上げようという運動は何度も行ってきたが、それが県全体ともなると話は別だ。中部、西部は同じ県内でもあまり行ったことがない上に、これから関わっていくことはないだろうというのが今までの考えだ。

 しかし、この記事を読んでそうも言ってられないと思うようになった。長い年月を費やして行ってきた集客及び地域活性化プロジェクトが新型コロナウイルスの影響で思うように進まなくなってしまったということを知った。そんな中で大山は施設や設備をしっかりと整えた上で、さらにそれに対した人材や技術の向上を図り進化していっていると知り、とても感心した。

 県全体や地域全体ががんばっている中で私に何ができるだろうとインターネットで少し調べてみたが、急にできるようなことはあまりないことがわかった。中学の時も3年かかってやっと一つの町をあげてのイベントを成功させることができたことを私は思い出した。

 そこで私は、サービスを行う側でなく、サービスを受ける側として地元の活性化に貢献することにした。大山に関する記事を読んだので初めに大山についていろいろと調べてみると大山の魅力は一口では語れないほどたくさんあった。例えば、その地域のおいしい特産品や寺院、生えている植物や動物など、インターネットを調べるだけでもとても興味深いものがたくさんあった。同じ県なのに知らなかったことがたくさんあって驚いた。

 それと同時に今まで私と同じように県内だから、近いからという理由で珍しさが半減し、あまり興味を持たなかった若者たちにも大山について調べてほしいと思った。若者の発信力というものは時としてとても大きな力になることがある。私はこれを利用してさらに地元の魅力を発信していけばよいのではないかと思った。

 この記事にも書いてあるように、遠出しにくい今だからこそ地元の魅力を改めて発見し、地元の人や近隣の人々の力で活気あふれるような鳥取県を作って行けたら良いと思った。

 私は自分が生きてきたこの場所を直接ではないにしろ、何かしらの方法でもっと活気があふれる場所にしていきたいと思った。そして何年先でも廃れることがない場所になるよう守っていきたい。

  入賞者の皆さん
小学生の部
【最優秀賞】 村上結衣(明道6年)
【優秀賞】 水石士葵(浜村6年)
倉光香林(聖郷5年)
坂本麻央(明道6年)
【優良賞】 松本有生(聖郷5年)
石賀柊哉(船上5年)
高塚鈴依(聖郷5年)
山本歩(城北5年)
西村優生(船上6年)
【優秀学校賞】 聖郷
中学生の部
【最優秀賞】 桝大希(福米3年)
【優秀賞】 池内佑奈(江山学園8年)
高塚ゆきの(桜ケ丘3年)
石田朝稀(後藤ケ丘3年)
【優良賞】 植木海音(智頭3年)
宮杏菜(鳥大付2年)
山田諒(鳥大付2年)
山根小夏(湯梨浜学園1年)
菅帆栞(湯梨浜学園1年)
【優秀学校賞】 湯梨浜学園
高校生の部
【最優秀賞】 大森菜々美(鳥取西1年)
【優秀賞】 藤島賢悟(鳥取西1年)
首藤梨乃(境3年)
山根茉耶(鳥取湖陵3年)
【優良賞】 今本阿子(米子高専3年)
山根響希(青谷1年)
森木優芽(岩美3年)
入江七穂(鳥取敬愛3年)
古瀬愛恵(鳥取城北3年)
【優秀学校賞】 鳥取西
【主催】新日本海新聞社 、日本海新聞を発展させる会
【後援】鳥取県教育委員会
   
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