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受賞作品 感想文部門
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「ぼくたちは、いつまでも」を読んで
小川 智也
境港市立渡小学校4年
「ぼくたちは、いつまでも」そうえん社 |
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「明日の体育はプールです。」「ああ、いやだなぁ。」
ぼくは、心の中でつぶやきます。プールの授業が始まる六月になると、とてもゆううつになります。ぼくは泳げません。プールの組み分けでは、いつも泳げないチームに入っています。主人公のブッチーも、運動が苦手で特にドッジボールでは、いつも当てられていじけていました。ブッチーは、ドッジボールができないのは、練習していないからではなく何かのせいにしていました。太っている事や、名字の「田淵」が、「ジャイアント・ブッチー」という弱くて、いつもにげているプロレスラーに似ているので、ブッチーとあだ名をつけられ、いじめられているせいだと思いこんでいました。ぼくがしている事は、ブッチーと同じじゃないだろうか、となさけなく思えてきました。
ある日、ドッジボールの時間、いじわるな子にわざとボールを手に当てられて、いやになってと中でにげだします。その時、声をかけたのは神山くんでした。
神山くんは、きん肉がちぢんで動けなくなる病気で、車いすに乗っていました。初めは、「神山くんなんかに言われたくない。」とはらを立てますが、色々な体験をしていくうちに、二人は本当の友達になります。神山くんは、体が不自由で、がんばってもできる事には限界があります。それでも前向きにできる事はにげずにやり通します。一方、今までのブッチーは、いやな事があると、何かのせいにしてにげてばかりいました。神山くんの友情のおかげで、ブッチーは大切な事に気づいたのです。ぼくは、神山くんみたいに体に不自由はありません。やる気になればなんだってできるはずなのに、プールで泳げないのは、やせていて水に浮かないせいにしたり、中耳炎になった事が怖くてにげていたりしただけでした。一年から体育を教えてもらっている金森先生から、「練習すればできる。」と言われたのをぼくは、「先生は泳げるから、ぼくの気持ちは分からないんだ。」といじけていました。でも本当は、ぼくのやる気がなかっただけで、先生は一生けん命、ぼくをはげましてくれていたんだと思いました。
体が不自由だったから自由に動ける事のありがたさを十分に分かっていた神山くんは、ブッチーにやる気と練習さえすればできない事はないんだと教えてくれたんだと思います。その後、神山くんは、学校でたおれて入院先で亡くなります。でもブッチーは、「もう、ぼく、かんたんには負けないよ。」と、ちかいます。いつの間にかブッチーは、こんなに強くなったんだなぁと安心しました。ぼくは、この二人から、苦手な事に立ち向かう勇気をもらいました。今年のプールは、十五メートル泳げるように練習します。もしも泳ぐ直前に怖くなったら、この本を思い出して、がんばりたいと思います。そして、友達を大切にしようと心から思いました。
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